古畑任三郎:中森明菜「死者からの伝言」

古畑任三郎:中森明菜「死者からの伝言」

古畑任三郎の輝かしい第一歩、シーズン1・第1回作品、主演は中森明菜「死者からの伝言」です。

嵐の夜、自動車のガス欠で足止めを喰った古畑は、助手の今泉をガソリンスタンド探しに差し向けた後、車に書き置きを残して近くの洋館に助けを求めました。そこにいたのは、中森明菜演じる少女漫画家・小石川ちなみと、その飼い犬。小石川ちなみから「編集者が地下で死んでいる。嵐がひどくて警察は朝まで来られない」という話を聞き、古畑は単身で調査を開始します。当然この事件は殺人事件で、少女漫画家・小石川ちなみは思うように遊ばれてしまった腹いせに、プレイボーイの編集者を古い洋館の地下室に閉じこめて殺害しています。

最大の謎は、地下に閉じこめられ殺害された編集者が持っていたマンガの原稿。左手に原稿、右手にペンを持ちながらも、原稿には何も書かれていませんでした。果たしてこの「何も書かれていない原稿」は、どんなダイイングメッセージなのでしょう? 雨が窓に打ち付け雷鳴轟く予感めいた嵐の夜に、犯罪者とその飼い犬と刑事の三者は互いの思惑を巡らせながら、朝を待ちます。

中森明菜の大ファン・三谷幸喜が言わせた台詞

本作の推理のキーポイントは編集者が残したダイイングメッセージの解釈ですが、その点は皆さんが見た時に感心していただくとして、今回はまず三谷幸喜の配役について深く掘り下げます。

三谷幸喜は中森明菜の大ファンだそうで、古畑任三郎の第1シーズンに中森明菜をブッキングしました。中森明菜の持つ独特の影や美貌、デビュー当時から持ち続けた「背伸びして少し危うい大人の女性」という雰囲気がそのままに活かされた少女漫画家という役所を与えられた中森明菜は、全編において好演しています。

古畑にすべてを看破され罪を認めた中森明菜が自らの心中を吐露するシーンがあります。そこで中森明菜はこう言っています・・・いや、三谷幸喜は中森明菜にこう言わせています。

「でも、誤解しないで下さいね古畑さん。私後悔なんてしてませんから。私が悔しいのは、殺してしまった事じゃなくて、出会ったこと。あんな男のために・・・どうして、私の人生を棒に振らなきゃいけないのかなって。」

恋愛のもつれから、近藤真彦の家で自傷行為を行い芸能界からしばらく離れることになった中森明菜に、物語の中では「恋愛のもつれから相手を殺す女」の役を三谷幸喜は与えているわけです。強烈な配役です。「あんな男のために」とまで言わせる様子を見ていると、いかに三谷幸喜が中森明菜に対して強い感情を持っているかが分かるような気がします。先の台詞の後、三谷幸喜は古畑にこう言わせています。

古畑「おいくつですか?」
中森明菜「28です」
古畑「まだまだじゃないですか。第一巻目が終わったところですよ。ハッピーエンドは、最後の最後にとっておけばいいんです。あなたは、いい奥さんになれます。保証します。」

その後、中森明菜の役名である小石川ちなみの名は古畑任三郎シリーズの随所で登場し、裁かれた後に小石川ちなみは良い人に出会い結婚、アメリカに渡って平和に暮らしているというエピローグが語られます。松嶋菜々子が主演した最終回、途方に暮れる松嶋菜々子を鼓舞するために、古畑はやさしく小石川ちなみの人生を語ります。

トップ歌手という名声を得ながらも、決定的な悲しさを背負ってしまった中森明菜という人物に対して、三谷幸喜が与えたいと望む未来が本作のシナリオなのかもしれません。推理の焦点になる「何も書かれていないマンガの原稿」という形で少女漫画家という役所は活きていますが、それにも増して「荒唐無稽でハッピーな少女漫画のシナリオは描けても、自らの人生のハッピーエンドは描けない」という意味合いで、三谷幸喜は中森明菜に少女漫画家という役を与えているように、僕には感じられます。

美しく張られた伏線

推理モノのシナリオの特徴に「伏線」が挙げられます。シナリオの前半、特に意味が無さそうな描写が実は推理におけるキーポイントだった、という類の仕掛けを指しますが、この伏線が最も威力を発揮するのは下記の2点が実現されている時です。

  • 伏線がわざとらしくなく、観客に気づかれない
  • 伏線と伏線の回収がドラマの時間軸において離れている

1点目は当然のこととして、古畑任三郎では特に2点目の特徴が練りに練られています。最もわざとらしくなく、伏線から回収までが最も時間軸で離れているものを作り出すべく、古畑任三郎の伏線は下記に示すような伏線の配置が観察されます。例えば伏線が3つあった場合・・・

  • 伏線Aが提示
  • 伏線Bが提示
  • 伏線Cが提示
  • 伏線Cが回収
  • 伏線Bが回収
  • 伏線Aが回収

上記の場合、伏線Aが「最大の効果を持つ伏線」であり、物語の中心を軸にして対称的にジャブのような伏線が張り巡らされることになります。推理モノを幅広く読んでいる訳ではない自分が言うには信憑性がかけるかもしれませんが、この伏線の対称的な構造は古畑任三郎という推理モノの評価を高めているメソッドのひとつではないかと思われます。古畑が視聴者に向けて語り出すシーンが物語の中心となって伏線は美しく弧を描き、物語のクライマックスに向けて一斉に回収されていきます。

古畑任三郎第1回の今作において、伏線は上記のように整然と張られており、三谷幸喜の美意識のようなものを感じさせます。ここで具体的に伏線を述べるのが興が冷めるというものですけど、もし知りたい方はこのエントリの冒頭の「あらまし」をもう一度読み返してみてください。この「あらまし」はドラマで叙述される状況をその順序に従ってまとめたものですが、「あらまし」の内容を逆から見ていくと、ちょうど古畑が解決編で語る順番になるんです。「あらまし」は「嵐の夜」という言葉で始まります。この一言すらも実は伏線になっているんですが、これが伏線だって気づきましたか? もしあなたがこの点に気づいていなかったのなら、ドラマを見てもきっと感心されるんじゃないかとって思います。

そんな訳で、三谷幸喜の強烈な想いと、推理モノのシナリオとしての美意識が詰め込まれた第一話、是非ご覧いただければうれしいです。