前田さんのご著書『愛されるデザイン』は、処女作である『勝てるデザイン』の続編というか、対になっているというか、少なくとも表紙は似ています。前田高志というお名前に、デザインと読みがなが振ってある。まさに前田さんってそういう人だと感じます。
『勝てるデザイン』発刊に寄せて、光栄ながらコメントさせていただいたこともありました。
異色のデザイン本。こんなに親しみを持てて、こんなにも「この手でデザインしてみよう」と思わせてくれるデザイン本って、ない。つまずいて悩んで、気づいて学んでいく前田さんのデザイン旅…そのロードムービーを見ているような読み心地。デザインが好きだからこそ両立する、謙虚さと熱量。個人的には「アホなデザイン」に悶絶。
そんな『勝てるデザイン』と比べて、前田さんはこう言います。
『勝てるデザイン』がWhatの本なら、『愛されるデザイン』はHowの本。
そんな『愛されるデザイン』、どう感じたかと言いますと…WhatとHowの差はあるけれど、やっぱりロードムービーでした。肌感があって、リアル。学生時代、深夜の道路に寝転んで火照った体を冷ました、あの時の匂いやアスファルトが後頭部に当たる感触がふっと湧いてくるような、自分の過去に吸い込まれるような、そんなリアルさがありました。毒を吐いてしまい恐縮ですが、成功事例の紹介に終止するガッカリなデザイン本とは明らかに違います。書店のデザイン書籍棚、ガッカリ本とおなじ棚に置かれたくないなぁ。
じゃあ、どう違うのか? 具体的に説明するために、まずは僕が読みながら付箋を貼った6箇所について、ページとおおよその内容をご紹介します。
- 180-181ページ:自分がいなくなったらチームがうまく回りだした話
- 252-253ページ:今だから俯瞰できる、前田さんが任天堂に入社した理由
- 256-257ページ:理想と現実のねじれこそが個性だ、という話
- 262-263ページ:美容師さんから丸坊主を提案されて迷った話
- 330-331ページ:大学生の頃、バイト仲間の高校生にナメられた話
- 362-363ページ:仕事の数々を「前田さんだからできた」と言われた時の前田さんの気持ち
どうです? 良い意味で、一流デザイナーっぽくないですよね。ツンとお高く止まった雰囲気ゼロ。もっと良く言いたいのでさらに良く言うと、等身大で親しみが持てる道半ばのデザイナーのロードムービー感なんです。応援したくなるような、まさに「愛される」な感じ。すごい仕事をしてるのに、この雰囲気を醸し出すって、至難の技じゃなかろうか。
しかも、その「愛される」は、人生において大切なのとおなじぐらい、デザインにとっても大切だというのが、この本の(つい独善的な方向に走りたくなってしまう自分にとっては極めて身につまされる)主題です。
ガッカリなデザイン本と同様、この本にもたくさんの事例が収録されていますが、それらは作者の苦悩と本音とよろこびを語るためのきっかけ。世界を変えたデザイン事例と、その事例の遂行を通して変わった自分。それがいつもセットで語られる。成功も、失敗も。
デザインは世界を変えるもの。そんなデザインという行為をするために、前田さんはまず自分自身の人生を実験台にして、苦悩して、仮説を立てて、そこからデザインをしている。あまりにも素直で、ややもすれば危うい生き方。地雷原でムーンウォークでもするような。でも、だからこそ前田さんの周りには人が集まってくるし、それこそが「愛される」の源泉なのかもしれません。
そんな姿をさらしながら、デザインってみんなのものだよ、みんなおなじことをしてるんだよ、と励ましてまわっている。デザインを何かの手段とだけ考えて冷たい視線を送る人には痛く、デザインは高尚で手の届かないものだとおびえている人にはやさしく響くのが、この本です。
と、ここまで書いたあたりで、気づきました。
たくさんの写真・見出し・強調が出てくるこの本の中で、見開き2ページが何の装飾もない地の文だけで占められている本文は、6個所だけ。ちょうど付箋を貼った、ロードムービー感あふれる6箇所だけ。
…これって、もしかして、まんまとデザインにしてやられたのかしら?
もしかしたら、ものすごくしたたかな本なのかもしれない。でも、そのしたたかさを指摘された時ですら、きっと前田さんはペロッと舌を出して笑顔を見せてくれそうな気がする(勝手な妄想ですが)。その感じが、まさに前田さんの愛され感の本領だったり、この本の価値だったり、デザインそのものが持つ楽しさやかわいさだったりするんだと思います。
最後に、前言撤回します。前田さんの本は、ぜひガッカリなデザイン本の横に置いていただきたい。書店のデザイン書籍棚も、きっとやさしくなります。何せ、デザインという存在は、こんなにも前田さんに愛されているんです。
本を読む前、この本のタイトルは「いかに人々に愛されるデザインを作るか? 前田さんが生み出すデザインが人々に愛される秘密とは?」的な意味なんだろうと思っていました。しかし、読んだ後にあらためて考えてみると、もうひとつの意味が見えてきました。
デザインは前田さんに愛されている。 “The design is loved by Maeda-san.” 的な意味にも、思えてきました。
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