MOTHER:フライングマンの名前の由来

初代MOTHERをプレイした人なら、きっと誰でも心を掴まれる「フライングマン」について、その意味合いを読み解くと共に、最後には「なぜフライングマンは、フライングマンという名前なのか?」について仮説をひとつ立ててみようと思います。以下、MOTHERシリーズの重大なネタバレを含みます。

フライングマンを巡る冒険

フライングマンは、主人公の曾祖母のマリアが生み出した心の国・マジカントに最果てにポツンと立つ小屋の中に5人兄弟仲良く暮らしている鳥のようなくちばしと翼を持つ人で、主人公に対してこんな事を言って仲間になってくれます。

「私はフライングマン。あなたの力になる。そのために生まれてきた」

フライングマンは戦闘時に自動的に動き、敵を攻撃してくれる頼もしい仲間として振る舞います。しかし、ゲーム中ではなぜかフライングマンの体力を回復する術が無く、主人公が手をこまねいている間に死んでしまうという不条理なキャラクターとして描かれます。ゲームの攻略本の中でも異色の出来を誇る「マザー百科」の中で、いとうせいこうはフライングマンについてこう述べています。

なにしろ勝手について来ちゃう。で、当然的に叩かれるわけですけど、守ってやれないんですね。生命値も回復してあげられない。ただただ、私のために尽くし、そして死んでゆく。申し訳ないったらないんですよ。
でもね、ここで重要なのは、申し訳ないと思いながらも、そのフライングマンにイラ立ちを感じる自分がいること。「この野郎、勝手に死を押しつけやがって」と唾を吐く自分がいることなんです。
これは微妙にして奥の深い感情ですよね。特にフライングマンの死に正直ホッとした後で、彼の墓を発見した時なんてたまらない。「あんな風にホッとしてしまったオレという人間は…」とまあ、しばし心のダンジョンをさまよってしまうわけです。しかも、さらにしつこいようですが、ここで重要なのは心のダンジョンで反省しているはずの自分が、どこかでまた「勝手に死んでおいて、そういうプレッシャーをかける気か!」と思ってしまうこと。やれきれないですよ、これは。
(中略)
でもね、ゲームが終わった時、すべてをうっちゃり切った爽快感があるはずですよ。つまり、このゲームは子供なら心のダンジョンに出会い、大人ならダンジョンを抜け出るという仕組みになってるんです。往還ですよ。行きか帰りかはゲーマー次第。

名文だと思います。いとうせいこうが言うような「心のダンジョン」に出会い、もしくは抜けていくという冒険を、プレイヤーはフライングマンの精悍な死と共に始めることになるのです。子供にとってはイニシエーション(通過儀礼)として、大人にとってはピルグリメイジ(巡礼)として、MOTHERにおける冒険は全編に渡って「プレイヤーが自らの心と語り合う」きっかけに満ちていますし、この特徴は特にMOTHER2で顕著です。

フライングマンの物語的意味

このように、フライングマンは非常に魅力的であり、他のゲームが達成できていない「プレイヤー自身の中の感情を掘り起こす」事を実現しているように思います。そんな心のスコップとでも言うべきキャラクターのひとつとしてフライングマンは存在していますが、一方で、フライングマンはシナリオ上でどのような意味を持つのか? という点についても、面白い考察ができるように思います。

主人公がフライングマンと会う前後のシナリオを参照します。

  • 主人公が、洞窟の奥にある謎のモニュメントの前で曾祖父の日記を読むと、なぜかマジカントにいざなわれる。(この時点で、マジカントの本性について主人公は知らない)
  • マジカントの女王・クイーンマリーに会う。
  • フライングマンに会い、冒険を共にしながら、地下水脈を辿る。
  • 地下水脈の最後、「わすれられたおとこ」を見捨てることで、出口を見つけ、現実世界へと戻る。
  • 現実世界の街・サンクスギビングで、はじめての仲間・ロイドと出会う。

繰り返しになりますが、マジカントは主人公の曾祖母・マリアの心の世界であり、敵は出るものの回復もタダで、ピンク色の雲の世界全体が母性に包まれているようです。そこで、主人公は下記の正反対の人物に出会います。

  • フライングマン:勝手に主人公に尽くし、助けてやれずに死んでしまう。
  • わすれられたおとこ:世間から隔絶された孤独を好み、無視することで道を開く。

あまりにもコミュニケーションが下手なキャラクターが相次いで登場している点が非常に重要です。この2つの両極端なキャラクターには、どうやら意味がありそうに思われます。結論から先に言うと、これら2つのキャラクターは「はじめての仲間・ロイドと一緒に冒険をしていくための、コミュニケーションの練習台」という意味合いがあるように思われるんです。

フライングマンは勝手に主人公の仲間になるだけで、直接的に主人公に実害を被らせることはありません。墓という形で心に切なさを残しこそすれ、体力を削ったりお金を奪ったりということは無いわけです。これは「わすれられたおとこ」も同じで、誤ったコミュニケーションをすると地下水脈の入り口まで戻されたりはするものの、特段悪さをするわけではありません。

つまり…すべては、曾祖母の母性の世界・マジカントの中において、主人公は守られている状況の中でのコミュニケーションだと解釈することが出来ます。両極端な2つのキャラクターは、主人公に「共に冒険すること・コミュニケーションをすること」を教えるように、勝手についてきては悲しい思いをさせたり、敢えて目の前の人を無視するという心が冷たくなるような事をさせていると考えられるわけです。そして、それら2つの試練をクリアした段階で、主人公はやっとロイドと出会うことが出来るわけです。

フライングマンと「わすれられたおとこ」は、主人公がコミュニケーションという「世界との接し方」を母性に守られながら練習するための、練習台だと言えるでしょう。

フライングマンの名前の由来・仮説

ここまでにおいて、フライングマンは主人公にコミュニケーションを練習させるための極端な性格を持つキャラクターであることを論じました。では、具体的にフライングマンはどんな性質を持っているかを見てみることから、なぜこのキャラクターが「フライングマン」という名前を与えられたかについての仮説を述べたいと思います。以下で、フライングマンの性質に様々な表現を与えてみます。

  • 主人公の都合に関わらず、「そのために生まれてきた」と言いながら、勝手についてくる。
  • 戦いに荷担してくれるが、体力を回復させられず、先に死なれてしまう。
  • 死ぬと墓が建ち、「主人公の血と肉」「主人公の大いなる悲しみ」「主人公の善なる心」「主人公の内なる力」「主人公の永遠のしもべ」という墓碑が刻まれている。

こうやって見てみると、プレイヤーの気持ちを無視して勝手にテンションを上げ、ついてきては死に、墓碑までプレイヤーのテンションを逆に下げてしまうぐらいに真面目で主人公想い。勝手に先んじて、前のめりに死んでいく。「先んじて、前のめりに」。

ここでフライングマンの名前の由来についてひとつ仮説を述べたと思います。

仮説:フライングマンの名前は、適切なタイミングよりも先んじて前のめりに事を行ってしまうことを示す動詞「フライングする」を由来としている。

姿形が鳥のようなので「飛ぶ」からフライングマンという名前になったのかと当初は思っていたのですが、実は逆で、急ぎがちで前のめりな性格から「フライングマン」と名前がつき、名前から容姿が後付けで決められたと考えると、面白いと思うんです。

ついついフライングしてしまう急ぎがちで前のめりな人とのコミュニケーションを事前に練習しておくことにより、加えて「俺を無視しろよ」と唾を吐く男の言う通り無視するというコミュニケーションを練習しておくことにより、主人公はいじめられてバケツに閉じこもる未来の仲間・ロイドに対して適切に好意を伝えることができた。・・・そう考えると、フライングマンの死や「わすれられたおとこ」を無視したことは決して徒労ではなかったと言えるのではないでしょうか。そして、それがすべてマジカント=曾祖母の母性の庇護の元で行われていることが、主人公が守られながらも冒険をしていることを暗示すると共に、プレイヤーに心のダンジョンの往還をさせる必要条件ではないのかと、僕は思います。

なお、MOTHER2でのフライングマンは、主人公自身の心の世界と性格を変えたマジカントに登場しますが、ここでは「コミュニケーションの練習」という要素は薄れ、主人公やプレイヤーの心を代弁するような墓碑になっています。一見すると乱暴な墓碑に見えますが、母性の庇護ではなく、主人公(プレイヤー)の心の動きをそのまま捉えた墓碑だと思いながら見ると、切なく響きます。逆に言えば、MOTHER2のフライングマンの墓碑は「この墓碑は自分の心を如実に現している!」と気付けなければ、ただの冷徹な言葉に見えてしまうかもしれません。

  1. (フライングマンの墓) ここに眠るはネスの勇気。よく戦い、傷つき倒れた。
  2. (フライングマン2の墓) ここに眠るはさらなるネスの勇気。邪悪なものに大きな打撃を与え、ついに倒れた。
  3. (フライングマン3の墓) ここに眠るは…忙しくて、墓に文字を刻むひまもなかった。
  4. (帰ってきたフライングマンの墓) 誰かの墓。
  5. (最後のフライングマンの墓) はか。