私信入り書評『ザ・ファースト・ペンギンス』

この本、まえがきはこんな書き出しからはじまります。

これは、「新たな価値の創造に挑む人」のための本である。

うーむ、剛速球だ。講演やセミナーで外部の人間としてお話したり、もしくはコンサルティングのような形で内部に入らせていただいたり。僕はいつだって「新たな価値の創造」をしようとしているからこそ、僕の考えと違うことが書いてあったらどうしよう? という心配がありました…が、杞憂でした。

この本を書かれた松波さんとは、だいぶ前に大阪でお仕事をご一緒させていただいたことがあります。初対面だったのに、小一時間もいっしょにいると、妙に頭がくらくらして「もうお酒飲みに行きましょうよ」と言いたくなってしまうような甘くやさしい包容力がある方で、そんなタイプの魅力がこの世界に存在するものなのかと驚いたことを憶えています。そんな松波さんだからこそ、こんな(敢えて言いますが)破天荒な構造の本が(敢えて言いますが)出来上がってしまったのだと思います。

普通、こういう構成にはならないと思うんですよ、本を作る時の議論で。猫も杓子もイノベーションという時代、書こうとしている事は本流中の本流、真ん中まっすぐストレートなのに「若手社員を主人公にして、ジョブズ似の上司に新規事業創造を指示させましょう」「本全体にパズルを散らせてやりましょう」「主人公が想い悩んだら、◯◯な世界に飛ばしてやりましょう」なんて! 権威とかそういうものを捨て去ってしまって、わかりやすさの奴隷になって、自分はどうでもいいからまずは新しい価値の創造という体験を誰にでもわかる形に変換しようとしている。普通こういうことをやろうとするのって若手じゃないかと思うんです。松波さんのように既に大きな組織を率いられている方にとっては、もはや自傷行為に近いものがあるようにすら感じます。

でも、そこが好きですし、一方的に仲間感を感じます。

あまりに内容や文体が平易で、イラスト満載でどんどんページをめくれて…そんなやさしい体験をした読者の中には、勘違いして「これは読みやすいから、大したことのない本だ」と勘違いしちゃう人も出てくるかもしれません。本を読みながら延々とそんな無用な心配ばかりしてしまうほどでした。要はそれぐらい読みやすいと言いたいわけで、たとえばイノベーションについて学びたがっている学生にオススメするならベストじゃないかと思います。素直な学生だからこそ、物語をそのまま体験してくれるはず。

そもそも新しい価値に気づくという雲をつかむような体験を上司に求められ、混乱し、絶望する。過去の価値観や失敗を回避するための保守的な考えから抜け出せない上司に苛立ち、拳を握る。仲間と手を携え、袂を分かち、それでもまたくっついて、まだ見ぬユーザと新しい世界のことを考え続ける。なんだろうな、この感じ。20歳ぐらいまでが青春というなら、30歳前後に、もしかしたら体験するアレ。全力で誰かのためにがんばる時期…何と呼べば言えばいいのかしら。そんな「ポスト青春の生き方」のような匂いを、学生や新人さんぐらいの世代の人ならきっと敏感に感じ取ってくれるんじゃないかなぁと思います。

ちなみに作中、主人公を導いていく謎の女性・ドロレスが、もしかしたら僕の以前のお仕事のことを語ってくれているように読める部分があって、じんわりとうれしかったです。ただ、ドロレスという名前を読む度に「どろんこレスリング」を思い浮かべてしまったのは内緒です。バブルの頃に東京のビアホール等で行われていたという、浅いどろんこの上でとっくみあう見世物「どろんこレスリング」…僕はこの本を読みながら、期せずもどろんこに飛び込む最初のペンギンになってしまったのでした。